見本に、
一本の線まで近づける。
― コンテスト規定課題を、輪転凸版で刷るという仕事
自動で見当を合わせる輪転機でも、最後にものを言うのは、見本と刷り上がりを一本の線単位で見比べる目と、色を作り替える手でした。銀ツヤの箔紙に孔雀を刷る、終わりのない微調整の記録です。
ボタンひとつでは、届かない一枚
スマートフォンで撮った写真を、家庭用プリンターは十数秒で一枚に刷り上げます。色は自動で決まり、見当(色の重なり位置)を気にすることもありません。私たちはもう、印刷とはそういうものだと思っています。
けれど、W130×H90mm ── 名刺より少し大きいだけの一枚のラベルを、見本とまったく同じに刷るとなると、話はまるで変わります。色を一つ重ねるたびに絵柄はぼやけ、線は太り、葉の中の細い一本が消える。この記録は、たった一枚の孔雀を「見本どおり」に仕上げるまでの、終わりのない微調整の記録です。結論から言えば、この一枚は機械が刷ったのではありません。見本と刷り上がりを一本の線単位で見比べ続けた職人が、輪転凸版という機械を使って刷ったものです。
第36回シールラベルコンテスト2026「規定課題」とは
これは、全日本シール印刷協同組合連合会(全日シール)が主催する「シール・ラベルコンテスト」第36回(2026年)の「規定課題(輪転部門)」を刷った工程です。全国の印刷会社が同じ絵柄・同じ仕様で腕を競う、いわば技術の共通試験。課題が難しいのは、この絵柄が「細い線の集合」でできているからです。孔雀の羽、羽根の一枚一枚、円環に並ぶ小さな飾り。銀の地に、白・緑・青・赤紫の色を寸分ずらさず重ねて、はじめて見本の一枚になります。
規定課題の仕様
- 絵柄
- 孔雀と「36th TOKYO 2026」を配したアール・ヌーヴォー調のデザイン
- 印刷方式
- 輪転・間欠輪転式 凸版印刷(UV)
- サイズ
- W130 × H90mm
- 用紙
- 銀ツヤホイル(銀色に光る箔調の紙)
- 印刷色
- 特色3色+白(=計4版)
現場のことば
この記事では、現場で実際に使われている言葉をそのまま使っています。はじめて出てくる用語に、短い注釈を添えました。
- 版(はん)/ハンコ
- 絵柄を刷るための凸型。今回は色ごとに1枚、計4版。
- 原反(げんたん)
- 印刷前のロール状の紙。今回は銀ツヤホイル。
- 色出し(いろだし)
- インキを盛って、刷り色を目標に合わせていく調整作業。
- 見当(けんとう)合わせ
- 各色の刷り位置をぴったり重ねること。ずれると絵柄がぼやける。
- 色玉/トンボ
- 絵柄の外に刷り込む位置合わせ用のマーク。各色が一列に揃えば絵柄も重なる。
- ARCS(アークス)
- 色玉を読み取ってユニットを自動で動かし、見当を合わせる装置。
- ユニット
- 1色を刷るための印刷部。色の数だけ並ぶ。
4つの版、銀ツヤの原反
工程は、色の数だけの「版(ハンコ)」を用意するところから始まります。版は樹脂の凸版で、盛り上がった線の部分だけにインキが乗ります。孔雀の細密な線が、そのまま版の凹凸として彫り込まれています。
「今はハンコをセットしています。ハンコは全部で4色」― 現場の職人(映像より)
版をシリンダーに固定するのは、両面テープ一枚のわずかな作業です。けれど、ここがずれれば全部がずれます。
「こう綺麗に貼り付けないと、ズレが発生してしまいます。慎重に貼っていきます」― 現場の職人(映像より)
色玉が揃わない ── 見当合わせという戦い
版とインキが揃い、UVで硬化させながら試し刷りが始まります。だが、最初の一枚はまず「合わない」。職人の言葉が、そのままこの工程の核心を突いています。
「大まかな色出しが終わったんですけど、色玉がまだ揃っていないので、印刷がぼやけています。これを修正していきます」― 現場の職人(映像より)
「色玉」とは、絵柄の外に刷り込まれた各色の位置合わせ用のマーク。この点が一列にぴたりと並んだとき、はじめて絵柄の色も重なります。この機械(ARCS)は、色玉を読み取ってユニットを自動で動かし、見当を合わせる機能を持っています。
「自動でユニットが移動していきます」「この色玉が一列に並ぶように、移動で補正してくれる」― 現場の職人(映像より)
ただし、自動はあくまで「大まか」まで。ここから先は、ルーペを覗きながらの手作業になります。
見本と、一本の線で比べる
追い込みの局面で、職人がやっていることは驚くほど地味です。見本と刷り上がりを並べ、細い線を一本ずつ見比べる。
「こちらが見本。これが印刷したもの。白の細かいラインが、汚く見えます」― 現場の職人(映像より)
問題は、色の「濃さ」と「太さ」が連動してしまうことにあります。
「濃くしたら、太くなっちゃいました。青の濃度を上げすぎて、潰れたというか。その分、緑が細く見えてしまっている状態ですね」― 現場の職人(映像より)
一色を濃くすれば、隣の色が負ける。その調整が、絵柄のいちばん細い部分に真っ先に出ます。「葉っぱの中の線が、見本にはあるんですが、印刷したものにはない」。青の出し量を絞って刷り直すと、「これよりは少しだけ、緑の細かい線が見えるようになりました」。一手ごとの前進は、この「少しだけ」の積み重ねです。
インキを「柔らかく」する
濃度だけでなく、インキそのものの性質にも手を入れます。
「紫のインキに、コンパウンドを入れて、柔らかくしています」― 現場の職人(映像より)
固いインキは細い線で潰れやすい。コンパウンドで粘りを調整し、細部が埋まらないようにする。色を「選ぶ」のではなく、色を「作りながら」刷っているのです。
4色を、一度に合わせない
見当合わせの難しさは、色が増えるほど「どれがずれているか」が分からなくなることにあります。ここでも職人の判断が効いています。
「4色一気にやると、トンボズレが分かりにくいので、まずは白と緑を…」― 現場の職人(映像より)
一度に完璧を狙わず、色を分けて、ずれの原因を一つずつ潰していく。最後まで気を抜けません。正解に近づいたはずの一手が、別の場所を少しだけ崩す。その「少しだけ」を、また追い込みます。
試行錯誤の果ての、一枚
自動見当のあるデジタルな輪転機でも、最後にものを言うのは、見本と刷り上がりを見比べる目と、色を作り替える手でした。長い調整のあとで、職人は静かにこう言っています。
「試行錯誤を終えて、何とか、新しいものを作成しました」― 現場の職人(映像より)
銀ツヤの地に、白・緑・青・赤紫。葉の中の一本の線までそろった孔雀は、家庭のプリンターの一枚とは、まるで違う密度でそこにあります。一枚の小さなラベルの向こうに、これだけの「見比べる時間」がある。それが、コンテストの規定課題を刷るということでした。
この作品について
本コラムの題材は、全日本シール印刷協同組合連合会(全日シール)が主催する「シール・ラベルコンテスト」第36回(2026年)の規定課題(輪転部門)に取り組んだ記録です。同コンテストは、シール・ラベル印刷の技術を全国で競う場。当社は、日々の製造品質を押し上げるための技術研鑽として、こうした課題に挑戦しています。
※ 本文中の「」は、実際の作業映像の音声から採録したものです。特色3色(緑・青・赤紫)の内訳は映像・発話からの推定を含みます。工程・仕様は課題により異なります。
「見本どおり」を、あなたの製品にも
一本の線まで見比べるこの目と手が、日々の食品ラベル・シール印刷の品質を支えています。印刷・加工のご相談を承ります。